FOGGY'S MOOD
FOGGY'S MOOD
FOGGY'S MOOD 04'
 数年前に『鳥類学者のファンタジア』を上梓したおり、山下洋輔さんがラジオ番組に呼んで下さっていろいろ話をした。すると驚いたことに、山下さんから譜面が送られてきた。つまり、小説中に登場するフォギーズ・ムードなる曲の譜面である。僕は大いに感激しつつこれを押し頂き、子々孫々に伝えるべく我が家の家宝となすことを、家族会議にはかって決定した。

 一方、一緒にバンドをやっている小田芳正氏もやはりフォギーズ・ムードを作ってくださり、山下さんのとあわせ、比較的簡単な形
portrait
で録音をしたりして、そうこうするうち光陰は矢の如くに去って、今度は小説が文庫化されることになった。文庫には解説がつきものである。畏れながらと、再び山下さんにご登場を願ったところ、快く引き受けてくださったばかりか、フォギーズ・ムードの第二ヴァージョンまで作曲してくださったのには、またも感激した。で、せっかくだから、二曲をともに録音して、ネットで流したらどうだろうという話になったのである。
 では、どんな形で録音するか。小説中のフォギーズ・ムードはピアノトリオで演奏される。だからここは、フォギーの演奏するトリオに、作者である奥泉が無理矢理フルートでもって乱入した、という形にするのがいいのではないかと決まった。もっとも、決めたのは奥泉本人であって、つまりは吹きたいわけで、吹かせて下さい。
 そこでメンバーである。ピアノは、この際毒をくらわば皿までで(?)、山下さんにお願いしたらどうかという人もあったが、作曲演奏両方というのは、ちょとどうかと思われて、岩崎佳子さんにお願いしたところ、快く引き受けてくださった。岩崎さんは、ボサノバなどを得意にする、理知的で端正な演奏をする人だけれど、僕の密かな観察では、ズージャもいける人なのである。ベースは吉野弘志さん。ジャズ界の郷ひろみとも呼ばれる吉野さんは(呼んだのはタモリだそうだ)、 portrait
ジャズのみならず、現代音楽や民族音楽方面でも引っ張りだこの、斯界の第一人者である。吉野さんとは、西荻窪のジャズ喫茶での朗読のパフォーマンスで何度か共演していたので、相談に乗って貰ったのである。結局、スタジオの選定など、吉野さんには本当にお世話になってしまった。
 そしてドラマー。岩崎さんと吉野さんに相談したら、古澤良治郎さんがいいのではとの助言があって、僕はちょっとのけぞった。何故のけぞったかといえば、僕くらいの年齢のジャズファンにとって、古澤良治郎の名前は、それだけでもう吃驚してしまうわけで、なにしろ天才古澤良治郎である。岩崎さん、吉野さんだって畏れ多いには代わりはないが、なんたって面識がある。一方古澤さんは、まるで面識がなく、なんだか怖い。しかしここは一番覚悟を決めて、おそるおそる電話をかけて出演を請うたところ、「いいよ」との返事である。これでメンバーは決まった。しかし、これは本当に凄いメンバーであって、僕はどうしたってびびらざるを得なかった。
 とはいえ、演奏する以上、ビビッテいる場合ではない。2004年、4月9日。午後2時。吉祥寺のGOK SOUNDにて、ついに録音は開始された。さて、その模様は如何・・・についてはまた追って報告したい。まずは演奏を聴いて下さい。
 ここでは曲目の解説だけをしておく。一曲目は山下洋輔作曲の「Fogg's Mood」。文庫本の後ろに譜面が掲載されているのがこの曲である。小説に登場する7つの音からなるブルースである。原曲のキーはFであるが、演奏は僕の都合でB♭に変えた。テーマのあと、フルート、ピアノ、ベースの順でアドリブソロをとり、最後にまたフルートがテーマを吹いて終わる。
 二曲目は、やはり山下さん作曲の「Fogg's Mood 04」。解説のなかで山下さんが、「それにしても、こうして反芻していると、否応なしに『Fogg's Mood・バージョン2・決定版』が、頭の中に出現してくる。奥泉さんにまたまた楽譜が送り届けられる日も近いかもしれない」と書かれているのがこれである。こちらは、1曲目に較べて、遙かに小説の叙述に近い構成になっている。短いドラムのソロから、ベースのテーマが出て、今度はピアノ、フルート、ベースの順でソロが繰り広げられ、続いてまたフルートが出て、最後はドラムとデュオになって集結する。
 録音は一曲目のブルースの方は4テイクほどとったが、「Fogg's Mood 04」は一発テイク。あとで聴くと、ああすればよかった、こうすればよかったと、反省ばかりが心をよぎるが、まあ、これが実力であろう。吉野さん、古澤さん、岩崎さんは、当然のことながら、本当に素晴らしい。僕のフルートはともかく、全体のリズムのグルーブ感は凄いと思う。さすがである。
 最後にもう一度、山下さんのなんでも「面白がる」精神に深く敬意を評したい。そ してメンバーの方々にもあらためて感謝を。またエンジニアをつとめてくださった GOK SOUNDの近藤さん、この企画を推進してくれた文庫担当の瀧川氏にも、あらため て感謝を述べたい。
 フォギーのトリオに作者が乱入! さあて、いかなるプレイが繰り広げられやら。 本をひもときつつ、是非とも聴いてみて下さい。
        2004年 4月20日
        奥泉光
portrait
 ベース:吉野弘志さん ピアノ:岩崎佳子さん フルート:奥泉光 ドラムス:古澤良治郎さん
<前のページに戻る>